大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)3777号 判決

原告 松田周治

右訴訟代理人弁護士 大村須賀男

被告 吉田信太郎こと 吉田順一

主文

一、被告は原告に対し別紙物件目録(四)記載の不動産について昭和三四年一一月六日の売買に基づく所有権移転登記手続をせよ。

二、被告は原告に対し金三、九六三、七五〇円を支払え。

三、本訴のうち別紙物件目録(一)(二)(三)記載の不動産について所有権移転登記手続を求める部分を却下する。

四、訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の負担とし、その二を原告の負担とする。

事実

一、原告は別紙記載のとおり請求の趣旨および原因を陳述し、なお次のとおり釈明した。

「別紙物件目録記載の(一)(二)(三)の不動産については、他人の権利についての売主として、被告はその権利を取得して原告に移転する義務を負うものであるから、その所有権移転登記をなすべき登記義務者である。本件金員の請求は、被告が原告に売り渡した(五)の不動産についての所有権移転登記手続を求める部分が認容せられない場合の予備的の損害賠償請求である。右(五)の不動産を被告が千日不動産株式会社に所有権移転登記をした昭和三五年四月一九日現在の価格は本訴提起当時のそれと異ならない。」

被告は郵便送達の方法で呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しなかつた。

理由

一、被告は、民事訴訟法第一四〇条によつて、原告主張の別紙記載の請求の原因事実を自白したものとみなされる。右事実によつて本訴請求の当否を判断する。

二、まず被告はその所有に係る(四)の不動産を、原告に昭和三四年一一月六日売り渡し、右は現に被告の所有名義に登記されているのであるから、被告は原告に対しその所有権移転登記手続をなすべき義務があるものといわなければならない。本訴のうち右所有権移転登記手続を求める部分は正当として容認すべきである。

三、次に、(一)(二)(三)の不動産は阪口興産株式会社の所有名義に登記されているのであるから、反対の事情の認むべきもののない本件においては、同会社の所有に属するものと認められる。被告はこれを昭和三四年一一月六日原告に売り渡したのであるから、他人の権利を売り渡した売主として、これを取得して原告に移転し、原告の所有名義に移転登記をなすべき実体上の義務を有することが明らかである。しかしながら、不動産登記手続上における権利移転登記についての登記義務者たるものは、実体的に登記義務を有するだけでは足りないのであつて、当該登記をなすことによつて登記面上不利な地位に立つ者でなければならない。現に登記簿上権利者としての表章を有していないかぎり、たとえ、実体的に登記義務を有していても、手続的には登記義務者たりえないと解するのが相当である(不動産登記法第三五条一項三号、第四九条第六号参照)。ところが、被告は右各不動産について登記簿上の所有名義人でないのであるから、本訴のうち、(一)(二)(三)の不動産について所有権移転登記手続を求める部分は被告適格を欠く不適法なものとして却下を免れない。

四、(五)の不動産は被告が原告に売り渡した当時登記簿上松村実の所有名義であつたが、その処分権は被告に属していた。これを被告は千日不動産株式会社に譲渡し昭和三五年四月一九日にその所有権移転登記手続を了したのである。一般に、不動産の売主がその同一不動産を第三者に譲渡してその移転登記を了した場合には、第一の買主との関係では特別の事情がないかぎり、その債務は履行不能に帰したものと認むべく、本件においては反対に解すべき特別の事情は存しない。そうすると、(五)の不動産について所有権移転登記手続を求める原告の第一項の請求は理由がない。

そこで予備的請求について考える。

(五)の不動産の二重譲渡により被告の原告に対する債務が履行不能になつたことは前段に明らかにしたとおりである。被告は右履行に代わる損害賠償として不能に帰した当時の(五)の不動産の時価に相当する金員を支払うべき義務があるものというべきである。そして本訴提起当時(昭和三五年九月七日)の右時価が金三、九六三、七五〇円であることは当事者間に争いがなく、それより約五ヶ月前である同年四月一九日の時価も、反対の事情の認められない本件においては異ならないものと解するのが相当である。そうすると被告に対し金三、九六三、七五〇円の金員を求める予備的請求は正当として認容すべきである。

よつて、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例